西光寺
時宗 東福山 西光寺
時宗 東福山 西光寺

Saikouji Blog

和尚のひとりごと “怖さ恐ろしさ故に救いの手もある”

今日は、

一月十六日、木曜日。

地獄では、

釜の蓋が開く日です。

この日、

閻魔大王をお参りして、

自分が知ってか知らず…積みかさねてきた罪を伝えると、

そのすべてがリセットされ、

身体も心も清浄となり、

善行(ぜんぎょう)の人になることができます。

きっと、

それを知る人たちは、

閻魔大王が鎮座する焔魔堂へと参拝、

罪科の改めとあの世への近道である清浄の私となって、

また明日から

安心して過ごされることでしょう。

それが、

地獄の釜の蓋が開くご利益ということです。

ただ、

怖いこと、

恐ろしいことばかりではなく、

怖さ恐ろしさ故に救いの手もあるということです。

この世を旅立ち、

あの世へというところにむかう途中にお目にかかる閻魔大王。

向こうの世界に旅立てば、

ほぼ

こちらの世界へもどることも無く、

名残は尽きても行くしかありません。

でも、

まだまだ

この世界で楽しみたいと思うのであれば、

旅立つ前に毎年罪科をリセット。

これもまた、

よろしい過ごし方ではないでしょうか。

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さて、

西光寺にも小さな閻魔大王さまが鎮座されております。

冥途の旅の途中、

会わなければならない裁判官、

その10名のなかのひとりとして座っておられます。

江戸時代から、

どれほどの人たちと向きあってきたことでしょうか。

数百年という過ぎゆく時のなか、

そのお身体の傷みは激しいですが、

いまも当時と変わらずお厳しいお顔。

このお顔がありがたく、

極楽へと

導いてくださる存在として見ることができたのなら、

あなたも、

微笑んでおられる表情に見えるかもしれませんよ。

西光寺を訪れることがありましたなら、

小さな閻魔大王さまを…

さがしてみるのも楽しいですよ。

「あ、見つかった」

と微笑んで下さいます…和尚のひとりごとでした。

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