西光寺
時宗 東福山 西光寺
時宗 東福山 西光寺

Saikouji Blog

和尚のひとりごと “空想の遠江三山と遠江五山…机上の空論おおいにけっこう”

先日、

頭に浮かんだ言葉…

空想の遠江三山(とおとうみさんざん)、遠江五山(とおとうみござん)。

もちろん、

この遠州といえば遠州三山であります、

お隣の袋井市、

法多山・可睡斎・油山寺の古刹。

春夏秋冬、

どの季節に訪ねてみましても、

長い歴史と文化財の宝庫、

指定、未指定にかかわらず文化に触れられる聖域です。

この地域のお宝を

まちづくりにとりあげるのは自然なこと。

行政として袋井市、

そして、

袋井市観光協会さんが全面的なバックアップで

PRされております。

この陰には、

やはり、

それぞれのお寺の理解と協力がないとできません。

なぜなら、

あくまでも静かな修行道場として

一般の参拝を阻み、

門を閉めることだってできます。

地道な努力と

足をはこびやすい環境づくりに、

ご法務の合間も

邁進されているからこそと敬意を表します。

なぜ、

いま最初の言葉が頭に浮かんだのか、

それは、

やっぱりこころの時代にはいっている

現代社会だからこそ、

ひろく開かれたお寺を

ふやしていくことの大切さを切に感じるからです。

自由な参拝とこころのよりどころ。

けっしてそこには…

皮算用はありません。

お寺にかかわるひとたちが、

そのお寺を好きになれないなんてどうでしょうか。

好きだからこそ、

みなさんに来てほしいと思うのは必然です。

それでは、

なぜできないか…。

お檀家の手前上、

普通でいいからいい子でいたいから?

防犯上の理由から?

訪れるのはお檀家だけで満足だから?

見てもらうものも無いし、

いちいちの対応が面倒だから?

「和尚さんもひとりの人間だもの、

イヤなことがあってもいいじゃないか」

でも、

それで本当の寺院の役割を

果たしているのでしょうか。

日ごろは、

住職としてお寺に住することを職として、

布教は関係者のみへ。

無縁のひとたちへのお説法は縁も無し。

わたしも立場上、

同業ですので

そのあたりも理解はできますが、

その現状をクリアーしてこそ仏さんの知恵。

出られないのなら、

来てもらおうじゃないか。

“それでいいんです”

遠江三山、

五山もその数字の数にとらわれることなく、

遙か天平時代、

政治の中心地として

国府がおかれていたいまの磐田市に、

そんな数字の元、

お寺さまがたくさん生まれたら

どんなにいいだろうか。

目で見る観光の立場と

こころで感じる布教の立場、

磐田市の観光協会さんにも、

そんなアイデアや目標を頭に浮かべてもらって、

机上の空論おおいにけっこう。

IMG_6226

いまだからこそ、

元国府のプライドで考えていただきたいなと、

個人的にひとり、

今日もまた、

新遠江三山、

新遠江五山を空論しているわたしなのです…和尚のひとりごとでした。

コメント

和尚のひとりごと “空想の遠江三山と遠江五山…机上の空論おおいにけっこう”のご感想やコメントをお寄せください。