西光寺
時宗 東福山 西光寺
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Saikouji Blog

和尚のひとりごと “たっぷりとわたしの時間はありますよ”

雨の日もあれば

晴れの日もある、

また、

どちらに転ぶかわからない

不安定な曇りもある。

空ひとつを眺めていると、

人生の歩みの如しと

納得できる自分がいます。

どんなひとでも

生まれてよりこの方まで、

順風満帆という歩みはありません。

『そんなことないよ』

と思っているのは、

わたしのこころがつくりだした相手への想像、

その世界観に過ぎません。

つぎからつぎ、

あふれてくるほど

有り余るお金に囲まれているのが“幸せ”なのか、

その日その日を

なんとか

生きていけるお金だけしかないけど、

それより

幸福感は…

こころが決めるんだと気がついて

生きているのが“幸せ”なのか。

ひとのこころを満たす材料は、

形あるものないものと、

きっと、

数えきれないほどたくさんあって、

そのなかからえらんだ安心感にしがみついて、

空しい虚像の世界に

生きているのかもしれません。

ほとけさまの教えでは、

最終、

極楽世界へいこう!

という目的があって、

その世界では永遠の安住を得て、

ただ安らかなるのみ。

行って帰るひとがないように、

それはそれはいいところのようです。

時間の流れのなか、

現在、過去、未来があって、

たしかに生きてきた昔は、

もう二度と現すことはないけど

実際に存在していた世界だし、

まだ見ぬ未来も、

やっぱり、

確実に見えはじめる巡り会いだし、

いまは…

目の前に見えなくても、

きっと

あると信じるのも素敵だと思います。

その信じるこころが芽生えたとき、

この時間の世界でいまを試させられて、

虚像ではない

本当の世界へ進んでいける…

資格を与えられる存在かどうか、

えらばれている最中かもしれません。

もし、

すでに、

えらばれているのなら怖いものはなし。

この虚像の世界を大いに楽しんでみようじゃないですか。

永遠の目的地へ旅立つ前に、

忘れ物はございませんか?

やり残してきてしまったと、

うしろを振りかえる心配はございませんか?

もし、

今日も目覚めてお日さまに出会えたなら、

忘れ物や

やり残しがある証かもしれません。

ゆっくりそれを考え探してごらんと、

毎日が存在しているのかもしれません。

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こんなご時世です。

たっぷりとわたしの時間はありますよ…和尚のひとりごとでした。

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